遠く、近く。

 たん。…たん。
 ナイフが的に突き刺さる軽快な音が、一定のリズムで響く。一連の動作に淀みはなく、よほど手馴れているのだと見ていて解る。的のほぼ中心に突き刺さる銀のナイフと、それを投げた拍子にふわり揺れる銀の髪に、ヒューゴはそっと溜息をついた。
 恋人同士となってそれなりに時間が経ち、共に旅をするようになってからは尚更、お互いへの理解も深まってはいるのだが、それでもこんなとき不意に距離を感じてしまう。
「…ごめんヒューゴ、見ていてつまらないだろう?」
「んーん。そんなコトないよ」
「……そうか?」
 あからさまに気の乗らないヒューゴの答えに、クリスは僅かに首をかしげた。しかしすぐに的へと向き直り、眼差しを鋭くする。凛とした横顔は、ヒューゴから見ても美しく好きな一面ではあるが、今は少し…寂しい。
 人間として致命的なほど不器用なクリスだが、こと戦闘に関しては恐ろしく器用な一面を見せる。剣技に関しては言うまでもないが、弓や短剣などを扱わせても一流だった。まるで戦うために生まれてきたのではないか、とさえ思ってしまう。今だって、ヒューゴにはろくに的に当てることさえできなかった投げナイフを、軽々と中心に当てている。どんな武器も軽々と扱うクリスを見ていると、不可能はないのではないか、と思えてくる。
 彼女を守りたい、という自分の願いが、どれほど分不相応なものか。
 …そう思い知るのは、いつだって、切なく寂しい。
「ねー、クリスさーん」
 望んで、願って、祈って。
 届かないものに懸命に手を伸ばすのは、それはもう人の性だろう。どれほど鍛えても一向に筋肉のつく様子が見えず、どれほど牛乳を飲んでもまったく成長の見込みが見えない身体に、文句を言ったところで仕方が無いのだから。それでも傍に居たいと望むのであれば、彼女を振り向かせばいい。彼女を守りたいと願うのであれば、せめて隣に立てばいい。
「あのね、…………大好き」
 ………かんっ。
 力が僅かに狂ったのだろう、回転しながら的に突き刺さるはずのナイフは、柄の部分が的にあたり、くるくると回りながら地面に落ちた。外してしまったクリスが、頬を紅く染めてヒューゴを睨む。
「ヒューゴがバカなことを言うから…!」
「バカなコトじゃないもーん。本当のことだもーん。………それともクリスさんは、俺の気持ちをうそだと思いたいの?」
「…………ち、ちがッ…!!」
 立ちすくむクリスの前に立って、ぎゅっと両手を握る。ほら、こうすれば距離はもう無い。感じた孤独を綺麗に拭い去って、ヒューゴは鮮やかに笑う。
「違わないんだったら、いいよね?」
「う、う、う、……うん…」
 耳の先まで真っ赤にして、クリスが俯く。もう一度笑ったヒューゴは、精一杯爪先立ちで伸び上がると、柔らかい唇にキスをした。