冬の帳。

「寒い」
「……って言われてもなー…」
開口一番のせりふに、ヒューゴは困惑したように首を傾げた。さすがにいくら<炎の英雄>とはいえ、暖をとるためだけに紋章を発動なんかさせれば、うっかり自分が丸焼けになりかねない。繊細な調整が出来るほど、まだ馴染んではいないのだ。
僅かな星明りをきらり反射させて、艶やかな銀髪が仄かに輝いている。うっすらと開かれた桃色の唇からは、白い吐息がこぼれていた。紫水晶の眼差しはひたむきに夜空を見上げているのだが、堪えきれない寒さに柳眉がきゅ、と寄せられている。
確かに冬が近づけば夜空がより一層綺麗に見える、という話をしたのは自分だが、早速今日、ビュッデヒュッケ城の屋上で星を眺めようと言い出したのはクリスだ。陶器のポットを暖かいお茶で満たし、ふかふかの毛布を2枚用意し…床に座って星空を見上げて5分で「寒い」といわれては、ヒューゴの立つ瀬がない。
とはいえ、あまり多くはないクリスの我侭に振り回されるのは、実はそんなに悪い気はしない。彼女が我侭を言える相手が少ないというのを知っているから、余計にかもしれない。
「…どうする? 帰る?」
「…やだ」
「でも、寒い、と…」
要するに、寒さをしのぎつつ星空を見たいわけだ。小さく呟かれたクリスの声音に、ヒューゴはふむ、とひとつ頷いた。
紋章を使うのは問題外。毛布は2枚。
「クリスさん、ちょっとだけ我慢してね」
「え?」
クリスがきょとんとしている間に、ヒューゴは悪戯っぽく笑った。クリスの上に自分の毛布をかけ、素早くクリスの隣にもぐりこむ。僅かな間にすっかり冷やされてしまったヒューゴの衣服が触れ、クリスが身体をこわばらせるが…それはまぁ、仕方がない。温まるまで、我慢してもらうほかはない。
ひとりに1枚の毛布より、ふたりで2枚の毛布のほうがきっと、暖かい。
おまけに、クリスとの密着度も増えるから、ヒューゴにとっても都合がいい。
「このほうがあったかいよね?」
「…………う、そ、そうだな」
ほんのりと桜に染まった頬を横目で見やり、ばれないようにこっそりと笑う。良かった。毛布を3枚持ってこなくて。
 
その後再び星を見るときも、ヒューゴは毛布を2枚しか用意しなかったことは言うまでもない。