無色透明の未来(2−1)

まっすぐに投げつけられる無遠慮な視線に、クリスは僅かに身をよじった。もともと、他人に対して酷く人見知りするたちな上に、向けられたまなざしは率直に言えば土足で踏み入るような図々しさが感じられるのだ。それでも、強くありたいという望みの一環なのだろう、ヒューゴの後ろに隠れることなく、懸命に見つめ返すクリスの姿に、ヒューゴは僅かにため息をついた。
清らかな水の気配と涼しい風に満たされたダッククラン。穏やかな周囲の様子とは裏腹に、ヒューゴのいるあたりだけは妙に不穏当な気配が取り囲んでいる。
「……で、結局どうなのよ」
「いや、まぁ…別にいいんだけど」
視線をクリスに向けたまま畳み掛けるようなリリィの言葉に、ジョー軍曹と視線を交わしながら曖昧に答える。
リリィたち3人をリザードクランに連れて行く…その依頼自体に問題は無い。ゼクセンとのいざこざを抱え、きな臭くなりつつあるグラスランドとはいえ、ダッククランからならばそう遠い場所ではないからだ。普通に地上を歩いてゆくならば、一度カラヤに戻り、ぐるりとゼクセン側から行く道しかないが、幸いダッククランの近くから、リザードたちの使う高速路がある。それを使えばかなり近道ができる。
問題は、別にある。
「……何がそんなに気になるんだ?」
「それがわからないから気になってるんでしょ」
投げつけられたリリィの言葉は、実もふたも無い。
「ね、その子、ホントにカラヤの子なの? ゼクセンに居たこと、無い?」
「………」
ぎくり、とクリスの身体がこわばった。クリスがどこに居たのか…そして、その記憶を失っていることを、ヒューゴは知っている。カラヤの子らしからぬ容姿のせいで、クリスはカラヤクランに馴染むまで苦労したことも。
そのクリスにとって、リリィの直球ストレートなその問いは、あまりにも酷だろう。大きく目を瞠ったまま、凍りついたように動かないクリスを痛ましげに見たヒューゴは、リリィの視線からかばうように一歩踏み出した。僅かに唇を湿して、慎重に言葉を選ぶ。
「……今のゼクセンとグラスランドの仲の悪さは、あんたも知ってるだろう?」
「そりゃそうだけど…な〜んか見覚えがあるような気がするのよね〜」
退くことを知らないお嬢様の粘りに、ヒューゴの表情が険しくなった。サムスとリード、ついでにジョー軍曹までもが、はらはらとふたりを見守る。ヒューゴを取り巻く空気の温度が下がっていることに、気づいていないのはリリィだけだ。
「…もう、いいだろ。とりあえず今日は宿に泊まって、明日からリザードクランに向かおう。それでいいだろう?」
不愉快さを隠そうともせずに、いつになく強い口調でヒューゴが言い切る。しばらくクリスとヒューゴを当分に眺めていたリリィだったが、ややあって視線を引き剥がしながらひょいと肩をすくめてみせた。
「…………ま、いいわ」
それきり興味を失ったかのように、リリィはすたすたと歩き出す。あわててその後をついていくサムスとリードの後姿を見送る。小さくなった彼らが宿の中に消えてから、ようやくクリスがほぅ、と小さく息をつく。
「………ごめんな、クリス。嫌な思いをさせて」
「ううん。わたしこそ…ありがとう、ヒューゴ」
まだぎこちなさは残るが、それでも懸命に笑顔を作るクリスに、ヒューゴもはぁっと息をついた。いつの間にか力が入っていたらしく、少しずつ肩の力が抜けていく。
「……なんだか面倒なことになりそうだなぁ…」
ぼんやりと呟く軍曹の言葉に、明日からの旅が容易に想像できて、ヒューゴとクリスは顔を見合わせて苦笑した。